嗚呼、やっとお逢いできましたね。
逢いとうございました。
この長い年月は酷く寂しいものでした。
さ、手を繋いで下され。
二度と離しはしませぬ。
何故そのようなことをお聞きなさる?
滲ミ出ス回廊
「嗚呼、やっとお逢いできましたね」
突然話しかけてきた女。
僕はちょっと前にその女の存在に気付いていた。
とても綺麗な簪に着物などよく知らない自分でも女の着物は上品な染物だと思った。
きっとその存在を見たのは僕だけじゃなく
女でもその美しさに一度は顔を見るだろう。
それでも、可笑しなこと。
「……どなた、ですか?」
見覚えが無い。記憶の何処を探っても分からない。
物覚えの悪い自分でもさすがにこんな美人は忘れない。
それ以前にまずこんな女には話しかけられない。
旅人故に少し埃まみれた僕の姿を見て女は言う。
「覚えていらっしゃらないのですか?」
少し悲しそうな顔をする。なんだか罪悪感。
とりあえず少し良いですか?と女は近くの茶屋へ僕を誘った。
何の用事もない僕は頷いた。
どれぐらい時間が流れただろう。
女の話からすると僕は
茶屋で初めて出会ったらしい。そして幸せになろうと笑いあったとき
盗賊が僕らの住む場所に現れた。僕は彼女を守って切られたそうだ。
可笑しい。あきらかに可笑しい。でも笑えない。
こんな美人と茶屋で会ってもまず自分から話したりはしないだろう。
寂しいがこの一生で幸せになろう!と誓うような人はいない。
そしてこうピンピンと生きている。
「あの、人違いでは?」
「いいえ。貴方様でございます」
「僕は君のことなんて…」
「逢いとうございました」
目を細めて笑う姿にどきりとして目を逸らした。
そんな僕を見てすこし苦笑を漏らし女は話す。
「この長い年月は酷く寂しいものでした」
女は僕を待つためにこの村でずっとずっと独りで過ごしていたらしい。
すっ、と女は立ち上がり僕に手を差し伸べる。
「さ、手を繋いで下され」
「…?」
「来て欲しいところがあるのですよ」
「何処だ?」
「この場所で逢えるなんぞとはやはり運命。さ、早く」
僕の話なんかは聞く耳持たず、で女は僕の手を引っ張り走る。
この村には近くに小高い丘がある。
2,3日前この村にたどり着いたときに僕は登った。
道らしい道はなくて登るのに苦労したのは今でも鮮明に覚えている。
それなのに女は軽々と登る。僕はその後ろを少し遅れて着いていく。
どれだけ躓きそうになっても手を離さない。
「手、繋いでると危ないよ?」
正直女のスピードについていけなくて何度も躓いているのだ。
どうにかこの手を離して欲しい。
「二度と離しはしませぬ」
「!」
ピシャリ、と女の声が響いた。
ちょうど女の後ろには沈む夕日が見えて、簪がキラリ、と光る。
はあはあ、と登った瞬間僕は倒れこむ。
その姿を微笑ましそうに女は覗き込んでいる。
「この場所がどうしたんですか?」
「何故そのようなことをお聞きなさる?」
「いや…だって…。ああ、夕日が綺麗だからですか?」
「……貴方様は思い出して下さらないのですか?」
彼女は悲しげな瞳を僕に向ける。
「貴方様はこの村に来た!それが答ではございませぬか?」
夕日は美しく女を染めていく。
ぽろぽろと女が泣くので僕は起き上がりどうにか慰める言葉を探した。
「独りで貴方様の守ってくれた命を生き抜きました。そして、待ち続ける覚悟もしておりました…」
ああ、分かった。
ぽろぽろと涙を流しながら話す女の声は僕の耳には届かなかった。
そう、届かなくなるぐらい頭に1つの映像が響いていた。
ちょうどこの場所で女を愛し、幸せになりたくも散った命。
自分の分も生きてくれ、と血にまみれて笑う男。泣き崩れる女。
息絶えた男の体に抱きつき何度も何度もその名前を呼ぶ。
僕は女を思いっきり抱きしめた。
女は泣き続けた。
これ以上に無いほど体は冷たかった。
「さあ、おやすみ。僕が次はここで待っているからね」
静かに消えていく体、夕日に光る涙と簪が眩しかった。
抱きしめた秋の風。景色が滲んでゆくのをただただ見ていた。
彼女は僕を待っていた。一生を終えた後もずっとずっと。